「教育は死なず」は夢か幻?
平塚の神田高校の件を、朝一番、神奈川新聞の一面で見て、すぐに頭に浮かんだのが、長野県の私立篠ノ井旭高校の若林繁太校長でした。
「教育は死なず」の著書はベストセラーにもなり、映画にもなりました。
検索してみたら、昨年亡くなられたそうです。
旭高校には、同じ中学校からも進学した生徒がいます。旭高校は、当時いわゆる底辺校でした。また、教育界では校内暴力が問題となっていた時期でした。旭高校やそこの生徒をよくいう大人はいなかったように記憶しています。
ただ、若林校長の著書が話題になると、そういう教育方針だったのかと、なんとなく、大人たちの態度が変ったように感じました。
どんな子も受け入れ、退学にはさせないという方針を実行した若林先生は、大人になった今、どんなに凄い先生だったかということが理解できるようになりました。
ですから、すべての先生にそれを望むことには無理があるでしょう。
でも、あまりにも子どもたちに向かう姿勢が違いすぎます。
私自身、現役の県立高校の保護者として、また現実に高校受験を控えた中学生の保護者として、神田高校の校長先生には子どもを預けたいと、どうしても思うことができません。
ただ、そういうことに校長を走らせた原因は、偶然、県立高校のあり方について方向が変った時期に、保護者という当事者として居合わせて、察しはつきます。
教育の現場に、何が成果か明確にされないまま、成果主義や競争原理が持ち込まれたからではないか、と・・・
子どもたちは、回り道や寄り道をしたり、蛇行してみたり、道なき道に入り込んでみたり、手を焼かせることがあります。
子どもの数が少なくなって、子どもを生み育てたり、子どもと接することが少ない人ばかりになって、子どものことを知らない人が、育てる立場の大人としての大らかさを失った発言や行動をしているのだ・・・
そういう人たちは、子どもの育ちや教育について、直接リスクを負わないから・・・
そう思いたくはありませんが、この件についての反応をみていると、そう思わざるを得ないのです。
少子化だからこそ、最初からできの良い子だけを選んで育てるのではなく、どの子にも、育つ機会を与え、ひとりひとりの成長を喜んであげられるような社会になることが必要なのではないでしょうか。
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